東日本大災害のその後  2011年4月13日

東日本大震災の死者は13日午後7時の警察庁のまとめで、12都道県で1万3392人、行方不明者は6県で1万5133人となった。死者・不明者は計2万8525人となった。 警察庁はこれまで計上していなかった宮城県東松島市の不明者776人を集計に加えた。 警察庁によると、被害が大きかった宮城、岩手、福島の3県の死者は、宮城8190人、岩手3867人、福島1272人。不明者は宮城8025人、岩手4101人、福島3003人。 原発事故の影響などによる避難も含め、18都道県に設置された約2300カ所の避難所に約14万人が身を寄せている。 死者・不明者は計28,525人 避難所に約14万人 「机浜番屋群」跡形なく 田野畑、観光シンボル失う 田野畑村机の「机浜番屋群」には、漁具などを収容する番屋や観光客向けの漁師体験番屋など25棟が立ち並んでいた。古き良きたたずまいを残し、村内観光のシンボル的存在だったが、3月11日の津波で跡形もなく破壊された。 浜沿いに建てられた番屋群は古くからウニやアワビなどの磯漁の前線基地、ワカメやコンブの乾燥作業場として使われ、トタン屋根の風情ある建物が並んでいた。貴重な漁村景観は2006年に水産庁の「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財百選」に選ばれるなど高く評価されていた。 近年は同村のNPO法人体験村・たのはたネットワークが展開する漁村体験プログラムの中心地として浸透。特に地元漁師が操る小型漁船で北東 日 本 大 震 災山崎周辺をクルージングする「サッパ船アドベンチャーズ」は順調に観光客数を伸ばしてきた。 しかし、津波にのみ込まれた番屋群に建物の跡はなく、壊れた漁船1隻が打ち上げられているだけ。机漁港の防波堤は決壊し、道路も破壊されて、今はただ荒涼とした景色が広がる。 上机莞治村長は「観光の柱だった番屋群も三陸鉄道島越駅も流され、地域のシンボルがなくなって非常に残念」と肩を落としつつ「流されたから終わりではない」と復活を期す。 【写真(上)=かつての机浜番屋群(田野畑村提供)】

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